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まぁそんな訳でね
20060908031509


じーちゃんが亡くなりました。
朝1で仙台に行ってきます。
ちょうどたまたま仕事が忙しい時期でして,明日も作業が満載だったわけです。

今夜のうちにあらかた片付けてきました
会社出たのが1時半くらい。
2時に帰宅してそれからご飯を炊いて,秋刀魚の刺身丼にしてビールとともに食す。

そして今,カルビーポテトチップス アボガドマヨ味でれんとを呑む。
今,3時半。

寝たら起きられないだろうから,このまま30MINUTESでも観ながらすごし
5時半ごろに家を出て6時台の新幹線で仙台に。

そして日帰りで帰宅し,土日は仕事の予定。

まぁまぁそこそこタフなスケジュールだな。
だがそれが良い

これだよ
ボクの日常はこうでなければ。


会社を出ると,煌々と輝く月が上空に。
いつか見たあの月のよう。

でも今夜は雲ひとつ無い晴天であった。
いささかテンションを上げながら,じーちゃんの事を思い出してみた。

あまり思い出せなかった。
そもそもあまり思い出がなかったのか,それともただ忘れてしまったのか。
最近,古い記憶をどんどん失ってしまっているように思う。
失ってしまったものを取り戻すよりも,新たな記憶を次々に詰め込んでいくのもそれもまたアリではないかと。

しかし
自分のことが誰かの記憶に残らないことよりも,自分が誰かのことを忘れてしまうと言うことの方がより,寂しく感じられるのも事実だ。

つい先週
じーちゃんに会いに行った。
ほんの僅かな時間ではあったが,じーちゃんは孫であるボクと,ひ孫であるしゅんがくを見て,顔をほころばせていた。

つい最近亡くなったばーちゃんも,多くの人が会いに行った直後に亡くなったと言う。

気が済んでしまったのかも知れないな。

もしそうであるならば
彼らが逝ったことは,彼らにしてみれば悲しむべきことではないのかもしれない

もちろん
生き残ったボク達の勝手な考えではある。
けれど
どっこいボクらは生きている。

そうやって多くのことを忘れたり思い出したり,なくしたり拾ったりしながらいろんな事を時に都合よく考えたりして進んでは後戻りしたりしながら力強く生きていくのだな。


そしてボクは今また思う。

この世界が抱える幸福の量は決まっていると。
どこかに幸福が起こる時,それと同じ分だけ不幸が訪れるのだ。
世界の幸福バランスは常に一定に保たれるのだ。

誰かが産声を上げる。
そして誰かが去っていく。

自分が笑っている時,世界のどこかで誰かが泣いている。
ボクが溜息をついている時,世界のどこかでキミは口笛を吹いている。
ボクが何かを失った時,あなたは何かを手に入れる。

そして世界は廻るのだ。
今日も明日も明後日も。

誰もが誰かに寄り添って。
誰もが誰かに寄り添われ。
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